神楽考


 川原畑の神楽について考えてみたい。
長老の口伝に日く。
 「疫病が流行し、村は大弱り。神楽を舞って悪疫病魔を祓った」
 口伝以外に何の記録もない。上記した1~4の神楽は、お祇園の祭りと共に現在に伝えられている。戦後長い間、青年団、祭典委員によって承け継がれてきたが、団員の減少により、維持が困難になり、氏子(自治会)が神楽保存会員という事で存続が図られた。そんな中から、有志が若連を組織して現在にいたっている。
 そういう歩みの中で、「獅子頭の新調」とか、神楽堂の修理、近年では、神楽堂の新調、また、獅子頭の雌・雄の二頭を揃える等の努力を決して怠ってはいないのである。神楽を絶やさず、しっかりと保存する事に対する熱意に並々ならぬものがある。神楽が村人の生活に根ついていて、切り離せない存在である事を物語るものともいえるのである。
 神楽を舞う縁起は、
 ① 悪魔を祓い、淨める。
 ② 五榖豊穣を願い、感謝する。
 ③ 子孫繁栄を願う。
 ものであろうと素朴に考えられる。
 実際、太鼓の口上やリズム・笛の響きや変化・舞いの振りや所作等々に、そういうものが感じられるのである。
「舞」について
 「さがりは」「弊の舞」「狂いの舞」「剱の舞」「通りの舞」「絵拾いの舞」がある。
 さがりは
 神・諸霊を慰める舞。神楽をかぶり、舞う者と尻舞(後を両手で高く支え持つ)の者二人で舞う。
 舞の趣旨を示す舞ともいえる。比較的静かで、穏やかなのが特徴である。
 弊の舞
 魔や邪悪を祓い淨めて、世を明るく、清らかにする舞である。
 狂いの舞
 これは神が自ら悪魔(獅子)に変じて諸悪魔を引き寄せ、是を全部退散せしむる舞といわれている。二人で舞う。
 剱の舞
 神を鎮め悪魔を祓う。剱をもって四方踏み締めをする。固め清めの舞である。
 やぐるまの舞い手が舞う。一人で舞う。
 通りの舞
 祓い・清めの舞。やぐるまの舞い手が、一人で舞う。
 絵拾いの舞
 しんびょうしの舞い手が舞う。二人で舞う。太鼓が唄うのと笛の囃しにあわせて、舞い手の振りが変わっていく。
 太鼓
 「締め太鼓」と「桶胴」を使う。神楽堂に桶胴と締め太鼓が互いに直角になるように設えて打つ。叩き手は一人。
 締め太鼓
 細かいリズム打ちや、歯切れの良い、高く弾んだ音を出す。
 桶 胴
 弾く落ち着いて、力強い響きのある音を出す。
* 太鼓は「神楽の総合司会」の役目を負う。
 ☆「始め」「終わり」を告げる。
 「ヨウシダ!」→始まる。舞いの締め(終わり)にもなる。
 ☆ 次は何かを告げる。
 「チョイトナーコラショウ」→「しんびょうし」に笛を響く。
 「チョイトナー」→「やぐるま」の囃しに入る。
 大事な歌もある。
 「廻りだしゃ決まりだ」→「しんびょうし」弊の舞いの締めになる。
 「やれまいやするなやれ神・・・かえさにゃならぬそれはどっこい」→「しんびょうし」の「弊の舞」から「狂いの舞」への繋ぎになっている。
 大事な口上もある。
 「治まる御世こそめでたかりける」→「やぐるま」の狂いの舞になる。
 「叢三尺の剱をもって・・・」は剱の舞になる等など。
 ・笛の音と相まって集客もする。
 ・神楽の雰囲気を盛り立てる。
 リズムを刻み、神楽の囃しの骨格となるのが太鼓である。

笛 方
 数人必要。横笛を使う。
 太鼓方と相まって、お囃子の中心である。
 遠くまで音が響くので、太鼓方と共に客寄せんの役目がある。
 笛は、唄の伴奏もする。
 雰囲気を釀し出し、神楽囃子の肉付けをなすのが笛である。
 笛の調子に拠って神楽の舞が一層引き立つのである。
 取り分け「祭りの笛の音」というのは、人の心を惹きつけて、
 限りない郷愁へと誘う不思議な魅力があるものである。
神楽堂
 一間社、流作(ながれづくり)、正面に椀型の唐破風が付く。
天照皇太神(あまてらすすめらおおかみ)をお祀りする。祭神を記す特製の弊を蔵す。正面の柱に御名を表示している。
 社内に獅子頭が安置できる。鈴、弊束、剱二振り、おかめひょっとこの面等の保管もする。
 格納箱は組立てた時土台となり、締め太鼓、桶胴の二つの太鼓を取り付ける。台は、裾廻しを巻く。中心部に角棒を通し、移動の時は担ぐ棒としている。平素は、神楽堂を解体して格納する。

獅子頭
 雄獅子と雌獅子の二体ある。
 おかめ・ひょっとこの面と「ささら」
 ささら
 ささらは、竹の輪切りにしたものに割筋を入れたもので、男根に見立てたもの。ひょっとこの面を着けて、ささらを持ち、しんびょうしの舞いに興を添えて、おもしろおかしく踊る。
 おかめは弊と鈴を持って舞う。ひょっとこと競演する。
衣 装
 浴衣に黒帯の着流しである。
 豆しぼりに祭の字入りの手拭い。印半纏。雪駄または下駄。(草履)。