さがりは


 鼓(つづみ)の形に舞う。正面・左側面。右側面・背面の向きで舞う。同じ舞を繰り返し手、正面を向いて舞って終わる。
 始めと終わりに挨拶として舞う要領は、新拍子と全く同じである。
 大まかに二つの舞で構成する。片方の握り拳(こぶし)を首の根に、肘を張り、もう方一方の手を前に伸ばして、ぐっと構えて腰を据えて舞う。伸ばした腕と、脚を引き寄せて、身体の前で纏めて、大きく横に振って払う。左前、右前、前へと繰り返し進む。この舞は、前に進む舞である。
 舞の振りに勇壮さ・積極性というものがある。切り開く創造性、限りなく追求して止まないものを感じさせる。
 舞の振りのもう一つの特徴は、開かれた大らかさ、安寧の世界というようなものを想像させる。
 両の腕を前に伸ばし舞衣(まいぎぬ)を持ち,右手(めて)を天に突き上げ、左手(ゆうで)を平らに保ちつつ、右足を引きながら、右辺に体を開く。次に、反対方向に同じように開く。再び、大らかに右へ開き、お終いは左辺へと払い流す。
 この舞は、後に退きながら舞う。
 農耕民であることを勘案すると,例えば、農作業に於ける大地を開墾することへの対応の姿であり、収穫への感謝と喜びの表現でもあろう。
 神楽を通して、日々の生活の営みというものを再現し、反省し、向上発展に繋げていく事には、先人たちの生き様の賢明さというものが滲み出ているように感じる。苦労と受け取らす、楽しみながら演じ、しかも、その事が、明日の希望へと続く。
 今日まで脈々と受け継餓レてきた所でもあろうと思う。
 継承ということについていうと、太鼓叩きの人が、練習熱心のあまり、馬の「鞍の山を叩き潰す」程叩いた。とか、笛の練習で「歯が浮いた」とか、「座敷で、はたきを振り回して、とうとう駄目にしてしまった」等というエピソードが伝わる程である。一所懸命に習い、練習を重ねて、身につけた技というものは、尊いものである。伝統を守り培っていくという事は「言うは易いけれど行うは難し」である。が、伝統を引き継いで守っていくという事は、先人が、賢明であったのと同じで「現代を強力に生きていり証でもある」と言えるのではないかと思う。