担当:長田

頼朝の豪弓



源頼朝は、鎌倉幕府の初代将軍です。その頼朝が1193年3月から5月にかけ、富士のふもとで大規模な巻狩りを行いました。この帰りに道志の長又の矢頭山から放った矢が4kmも離れた矢崎まで飛んだ話が残っています。



「矢頭山(やのうさん)」コース案内図


国道413号線から「とやの沢オートキャンプ場」の看板から道志川を渡り、オートキャンプ長又の手前の整備された会談の登山道と登り、美しい雑木林を過ぎて、約30分で頂上。帰りは国道の手前を右へ。林道から木製の橋を渡り、杜神社をへて国道に戻る。
余裕があれば鳥野沢(とやのさわ)沿いを登り、「試し切り石」への散策をおすすめします。



国道413号からの入り口看板



しっかりとした階段の登山道入り口。しばらく急な登りが続く。


 →画像切り抜けず



国道413号側の杜神社。
毎年1月17日に山の神のお祭が開催。


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岩の露出した矢頭山山頂



矢頭山頂上から遠く善之木集落の先に矢崎方面を望む



道志村のもっとも西にある長又と言う集落に、矢頭山と呼ぶ道志川に面した山があります。頼朝は山伏峠を越えて、この山に登り、きりきりと豪弓を満月のごとく引き絞り矢を放ち、矢はうなりをあげながら白井平・板橋・善之木の各集落の上を通過して、遠く一里(4km)も離れた神地まで飛び、見事に標的を射抜きました。人々は、この場所を矢先と言い、現在の矢崎になりました。この時、矢羽の一枚が飛び散って白井平の矢羽止めの石に貼付き遺跡を残したと伝えられています。村びとが矢の根を拾い、頼朝公の武勇をたたえ、この矢の根をご神体とした矢の根神社を祀りました。

長又に伝わる「おびしゃ祭」と「山の神祭」
毎年1月17日に「山の神のお祭」と「おびしゃ祭」が行われます。「長又のお山の神でひく弓は五穀豊穣悪魔退散」と祝詞をあげ、身を浄めた若者が前日に作った三重の白黒の的に、矢を放ち、十二ヶ月の天候・農作物の出来を占うお祭です。これも頼朝公の弓の伝説から始まった行事かもしれません。長又の集落に不幸があるとこの祭は行われません。



矢頭山山頂にある「山の神」を祀った石の祠。



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