担当:岩間

久保伝説・むじな和尚



昔、鎌倉の建長寺の坊さんが、「犬つなげ、犬つなげ」ちゅうおふれを出しておともを連れて駕籠にのって、道志へやってきた。役人衆が大勢で迎えてな、久保の大屋でとりもったわけだ。まず、風呂をちゅうことでな、風呂場に案内したら「風呂の周りに幕をはってもらいたい」ちゅうで、えらい坊さんだから裸を見られちゃいけないと思って幕を張っただ。坊さんが湯に入っているとき「ポシャァ、ポシャァ」と棒でかき回すような感じの音がしてた。そんで湯から上がった偉い坊さんにごちそうをこさえてお出しした。
「わしは、壁に向かって食べる習慣だから、膳を仕切り戸にもっていってもらいたい」。ほうで、食ったんだが、どうも食う音がなあ、こう「くしゃくしゃあ、くしゃあ」てな、位の高い坊さんにしては食い方が変だと思ったけんども、あまり気にとめなかっただ。
「住みごこちがええから、少し逗留する」ちゅうて、一週間も泊まっちまっただ。そいで出かけていく朝、「長らくお世話になったから、お礼に」ちゅうてな、ほれ、見事な“百人一首”を書いてくれたちゅうだ。それが凄い達筆でな。そいで、また「わしゃあ、犬が嫌いだから、沿道の衆に犬をつなぐように、ふれを出してもらいたい」ちゅうで、部落、部落に飛脚を出して出発しただ。その後東海道の三島で坊さんののった駕籠が野良犬に襲われたちゅうだ。三日三晩坊さんのまんまでいたけんど、術がきれたんだかなんだか、狸になって死んだちゅうだ。どうも建長寺の縁の下に住んでいた古狸で、和尚さんになりすましたちゅうだ。この“むじな和尚”が書いたあの百人一首はな、まだあるちゅうことだ。